2022.08.13 逃避行

台風はどこへ行ったんだろうか。ニュースを見ていない。こちらは降ったり止んだり。思ったよりはひどくない。今日は一日家にいられる日だから良かった、と今日は朝から何度も思っている。

しかし気圧のせいかまったくやる気が出ず(こういうときはだいたいすべてのことを気圧のせいにする)、とりあえず朝は台所に立って、野菜のボロネーゼソースをまたお鍋いっぱいに作って、午後になってほんの少しパソコンに向かったかと思ったら、またすぐにキッチンに戻って今度はパイナップルのアップサイドケーキを焼いた。ちょうど5分ほど前に焼き上がってオーブンから出したところ。とても好きなレシピで、冬はよくりんごで作る。この間丸ごと一個パイナップルを買ってなかなか減らないし、なんかどっしりしたケーキが食べたくて久しぶりに焼いた。奄美の黒糖とそれから生地にはココナッツをたくさん入れた。本当はバニラアイスを添えたらとても美味しいだろうと思うけれど、この間馬鹿みたいにたくさんのアイスを食べて首が爆発して以来(整体師の友人曰く胃と首や肩などは筋肉で繋がっているのらしい)なんとなくアイスを食べるのが怖くなっている。まぁ、いいことだなと思う。どちらにして胃を冷やすのは良くないから。

un/baredの原稿とか、それ以外にもまとまったエッセイみたいなものを書きたい思うのだけれど、「書こう」と思ってパソコンに向かうと一向に指が動かない。いまこうして日記を書いているときにはひとりでに指が動く。思考と言葉と指がそのままつながっていて、むしろわたしの意思とは関係のないところで文字通りひとりでにといった様子でさらさらとつぎつぎと文章になっていく。それがどういうわけか、なにか他の文章を書こうとすると、思考も言葉も指も止まってしまう。どうしてなんだろう。

(ここでまた台所へ行き(台所と言いたいときとキッチンと言いたいときがある)パイナップルケーキを食べるためにコーヒーを淹れた。わたしはフレンチプレス派なので、次に立ち上がるまでに4分しかない)

なにかを書こうという意識あるいはエゴがあると「なにを書くか」を考えてしまう、でも日記はなにも書こうとしていない。つまりはそういうことなんだろうか。でもだとしたらわたしは一生「なにかを書く」ことはできないんだろうか?だとしたらつまらないしさみしいし悲しい。でもこれまでも「なにか」は書いてきたし、結局やるかやらないか、「ぐぅ」となりながら、やり続けるか、向き合い続けるか、ということしかないんである。音楽と一緒。言い訳、のつもりはないけれど、まぁちょっと暇つぶしというか、時間潰しというか、思考遊びというか言葉遊びというか、なんか、そんな、ただそれだけ。

ちょうど4分。誤魔化しごまかし、少しずつ。