2023.04.25 一週間

木曜日

夜渋谷まで出掛けて行き、友人のライブ。彼女のライブを観るのも考えてみればずいぶん久しぶりで、こうして友達のライブに出掛けて行く気持ちが戻ってきたことがなんだか新鮮というか不思議というか、飲みながらゆらゆら楽しんだ。コンスタントにリリースとライブを続ける彼女のパワーと姿勢を心から凄いと思う。会場には知り合いも多く来ていてそしてそのほとんどというか全員がもう何年かぶりに会うようなひとたちばかりで、そしてライブ会場で友達に会ってライブ後に世間話をしながら酒を飲むみたいなのも本当の本当に久しぶりで、そしてわたしはそれを自然に楽しむことが出来て、居合わせた友達とそのまま代々木公園までコンビニで買ったお茶割りを飲みながら散歩しながら帰った。

金曜日

仕事を早めに切り上げ、国会前まで入管法改悪に反対する集会に。人手が足りないとのことだったので何か手伝えることがあればと早めに行ったけれどわたしはうろうろするばかりであまり役に立たなかった(こういうときはたいていいつもそう)、会が始まってからはカンパ係、箱を持って人集りの中を何往復も歩いた。当事者や支援者をはじめとするスピーカーの方々の話を聞きながら途中ぼろぼろと泣いてしまった。なんで、どうしたらこんなことが起きて、そしてそれが当たり前のようにまかり通ってさらにはもっとひどくなろうとしているんだろう。当事者の方たちが家族連れでたくさん来ていて、子供たちもいっしょになってプラカードを掲げていた。終わりには大粒の雨が降り出したけれど、最後までたくさんのひとが熱量を持ってあの場にいた。カンパしてくれるひとたちはみんな声をかけてくれて、みんな優しかった。

土曜日

撮影に向けて少しだけ髪を切ってから神宮外苑の森林伐採に反対するデモへ。この日も手伝いに少し早く行ったけれど同じようにうろうろするばかりであまり役に立たず、そして同じようにまたカンパ係をしたのだった。始まる前に周辺を少し歩いたけれど、木々は豊かで美しく存在自体がそれはそれは大きく人間が手出しをしていい手出しができる対象ではないとはっきりと思った、そしてだけど一部の人間の浅はかな私利私欲のために失われようとしているなんてまったく信じられなかった。どうにかどうにか、入管法改悪も再開発も、止まって欲しい。止めたい。

夜はすっかり冷えて、コートを着て行ったけれど寒さと前日からの疲れなのかなんなのか身体が動かなくなってしまい最後まで片付けを手伝えずふらふら帰宅。会場では友人知人にもたくさん会い、ライブハウスに行けば友達に会うように、デモに出掛けて行けば友達に会うようになったのだなということ、それから以前であれば自分の出来ることの少なさや自分の力の小ささばかりに目がいっていつも落ち込んでいたけれど、いまはそういう気持ちはすっかりなくなって、大きかろうが小さかろうが自分の出来ることを自分の役割として引き受けてそれを全うするのだそれしかない、ということを思った。音楽周りの友達も何人も来ていた。

日曜日

朝、まったく体が動かず。最近は調子の上がらない日があっても気圧やホルモンや外的要因のせいだわと思って気にしないようにしているのだけどそれにしても調子が悪いなと思わずにはいられないくらいだったけれど、ずるずるの状態のまま撮影の打ち合わせ。体調悪くてすみません、と断りを入れつつそれでもだいぶイメージが固まった。来週千葉まで出掛けて行って撮ることになった。ひとと一緒に作る楽しさと頼もしさ。

午後からは撮影のための衣装探しにあちこちの古着屋さんなどを回ったけれど収穫なし。お世話になっているお店にも顔を出して試着などしつつ近況報告。夜は友人夫妻の家にお呼ばれ。ひよこ豆のカレーを作っていてくれてとてもとても美味しかった。わたしはワインやらつまみやらと、たまたま見かけた瓶に入ったチーズケーキを買って行ったらとても美味しくてみんなで美味しい美味しいと言って食べた。すっかり話し込んでしまいあっという間に終電が無くなったので実家に泊めてもらった。

月曜日

前日たくさんは飲んでいないが長く飲んだので朝は辛かったけれど早朝に起き出して、両親とゆっくり話す間もなく電車に乗って家に帰りゆるゆると働く。何日か前にスーパーで見かけた季節外れのりんごが案の定あまりおいしくなかったのでまとめて刻んでスパイスとレーズンと夜な夜な煮込めばとても良い香り。ゆっくり湯船に浸かって早々に就寝。

火曜日つまり今日

ダイナミックな、例えるならばラストサムライのような(観たことないけど)夢で目覚めてその感触がなかなか消えず頭の中をしばらくぐるぐるしていた。前の晩に煮込んだりんごの甘いにおいが髪の毛に残っていてうっとり、さささっと洗濯を済ませ、久しぶりに車を借りて千葉まで。なにも考えずにいちばん安い軽を借りればずいぶんと古く、カーナビの示す道が間違っているのかわたしがよくわかっていないのか、途中何度か道を間違えながら、友人が携わっている障がいのある方たちが働き生活する施設にお邪魔してきた。広々と気持ちよく設計された建物と隣接する森の中で、利用者の方たちはそれぞれのやり方で絵画や木工やテキスタイルなどの作品を作っていた。みんな気さくに話しかけてくれ、特に毎日たくさんの歌詞を書いている若い女性がとても仲良くしてくれて、作品を見せてくれながらいろんなことを話して聴かせてくれた。好きなアイドルの話とか。彼女の書く詩は単なる詩ではなく歌詞なのだそうでわたしはそれをとても興味深く思って、曲はあるのと訊くと曲は出来ないから作ってと言われた。ミュージシャンが来るということを事前に聞いていた彼女はわたしに会うのを楽しみにしていてくれていたのらしい。そしたら今度やってみようか、と話してまた遊びに来させてねと言って別れた。

彼女たち彼たちの作品は本当に胸がいっぱいになるほどに力強く美しく純粋なさで満ち溢れていた。

施設の方と友人と三人で併設されたレストランで食事をしながら、日本の福祉のあり方や課題についても話した。ほかの施設では問題を起こしたり攻撃だったひとがこの施設に来てからは見違えるように穏やかに創造的になることもめずらしくないのだそう。実際わたしもあの場にいるだけでとても優しく開けた気持ちでいることが出来た。環境の重要性とこの施設の素晴らしさを感じるとともに、日本の福祉制度の問題点についても思わずにはいられなかった。

ショップで散々迷いながら細々した宝ものをいくつか選びお土産にして、帰りもまた何度も道を間違えながら無理くり車線変更する度にすみませんと小さく呟き長い渋滞を通り抜けて帰宅。

統一地方選、いろんな結果があるけれど、でも練馬区の石森愛さんと杉並区のてらだはるかさん、武蔵野市のさこうもみさんが当選してとても嬉しい。fiftys projectに参加していた候補者の大躍進、素晴らしい。杉並区と武蔵野市では女性議員が過半数を越えたそう、歴史的第一歩。たまにはというかようやくやっと、良いことがあった、と思った。希望を持って生きたい。

先週だったか祖母が入院したのだけれどコロナの影響で未だ面会不可だそうで、彼女は毎日病院の個室でたったひとりなにをしているんだろうかと考える。祖母は目があまり良くないので本が読めず、母に訊いてみれば短歌を詠んでるんじゃないと言っていた。今日、施設で祖母に目と手で楽しめそうな小さな木工と刺繍の作品を買ったので帰って早速手紙を書いた。クリックポストで出そうと思ってラベルを印刷しようとしたらなぜか何度プリントしてみてもなにも印刷されず真っ白い紙が出てくるばかりで力が抜けてしまった。プリンターまだ新しいのに参ったな。

そんなこんなでめずらしくたくさん外に出た一週間であった。ミックスを進めながら、撮影のための準備をしっかりしなくては。4月もあと少しなのだな。それにしても今日は良い時間だった。ああいう穏やかで満ち満ちた気持ちで過ごしていると、いかに東京で過ごす日々の中にそういう時間や環境が欠けているかということを思わずにはいられず、うーむ、と思う。まだ迷っているけれど、リリースが済んだらしばらく東京を離れて暮らそうという気持ちにいまは傾いている。

施設で買ってきた素敵な小さなものたちがいまわたしの部屋にあり、それを眺めているだけで幸せな気持ち。わたしに出来ること、わたしの役割、わたしの仕事はなんだろうか、ということを考える。施設にはあまり間をあけずに、今度はギターを持って遊びに行きたい。