2022.04.09 4月8日のこと

今日は一日久しぶりによく働いたからか、すっかり暖かい気候のせいか、ビールが飲みたくなって一缶買って帰ってきた。きのう買った金原ひとみの最新刊(たぶん)を読みながらぐいぐい飲み干して、この間友達と下北の緑道を夜な夜な歩きながら飲むために買ったけれど結局飲まずに持ち帰って冷蔵庫に入れたままになっていたお茶割りもすいすい飲んだ。小説はあっという間に読み終えてしまった。そうしてわたしはいま少し酔っ払っていて、酔っ払うと大概のことはどうでもよくなるけれど、わたしは今日中にきのうのことを書きたいから寝る前にこれを書く。

きのう。とても情報量の多い日だった。午前中『プリズン・サークル』というドキュメンタリー映画を家で観る。この間読んだ、信田さよ子さんと上間陽子さんの『言葉を失ったあとで』に度々出てきていつか観られる機会があったらいいなと思っていたら、なんと書籍化にあたり一週間限定で配信、きのうはその最終日だった。刑務所での受刑者達がTC (Therapeutic Community=回復共同体)と呼ばれるプログラムを通して変化していく様を記録した映画で、間違っても朝から観るものではないと思ったけれど、でもなんか、朝からなにもやる気が起きなくて、であれば今日のTO DOリストのやりやすいものから消していこうと思って観始めたのだった。これについて書くことはだけどちょっととても難しい。酔っ払ってしまったからなおさら。加害者の持つ被害者性、例えば子供のころ虐待を受けたひとが大人になって虐待を繰り返すというような、それに対する置き所のない苦しさしんどさを再認識して、でもだけどTCを受けた受刑者たちはそうでない受刑者に比べ再逮捕率がぐっと低いのらしく(具体的な数字は忘れた)そこには希望があると思ったけれど、映画の最後の最後に日本にいる何万人もの受刑者のうちTCを受けられるのは40人程度というテロップを観てまた苦しさしんどさを感じたのだった。

そうして午後はどうしようかなーと思って、やる気の出ない日(もうずっとだけれど)はやる気がなくても出来ることをひとつずつ潰すことだ、ということをもう一度思い、先週申請しに行ったパスポートを取りに立川まで出掛けた。ガラガラのパスポートセンターでものの数分で新しいパスポートを受け取り、ひとつ下の階にある本屋さんに降りる。この本屋は先週申請のときに初めて来たのだけど、駅ビルに入っているような大きな本屋の中ではめずらしく好感をもった本屋で、だからきのうもまた寄ろうと決めていて、でもあまり集中力というか本を物色する熱量が湧いてこなくて、さらっと一周して金原ひとみの『ミーツ・ザ・ワールド』をレジに持って行った。

きのうはなんだかやたらパフェが食べたくて、家を出るころからパフェを食べようと心に決めてお店を調べながら電車に揺られるなどしていたのだけど、お昼を割としっかり食べていたので本屋を出てもお腹が空いておらず、あぁこれはパフェじゃないなと思って、でも少し座ってコーヒーを読んで本を読みたかったから数階下のタリーズに行って列に並んだ。パフェじゃないけどでもやっぱり甘いものが食べたくてショーケースを覗くとケーキというケーキのすべてがプラスチックのケースに個別に収納され並べられており、店内を見渡せば客の全員がプラスチックの容器に入った飲み物を飲んでいて、その不可解さにしんどくなって慌てて踵を返し、降ったばかりのエスカレーターをもう一度登って上の階のカフェに入りそうしてやっぱりパフェを頼んだ。いちごのミルフィーユパフェ。レギュラーとハーフというサイズがあり、迷ったけれどレギュラーを頼んで、食べながら買ったばかりの小説を読んだ。キャバ嬢と腐女子と呼ばれる主人公(腐女子の意味をわたしはあまりわかっていない)の話で、わたしは金原ひとみが書いたのでなければこの小説を読んでいないだろうと思った。その意味は不明だったけどそう思った。今日残りのページを読みながら同じことを思った。8割くらいはあまり好きではなかったけど、残りの2割くらいをとてもとても好きだと思った。

そうして集中力が途切れるまで一気に読んで会計を済ませたあと、木村和平くんの個展を観に、電車に乗って飯田橋という駅に向かった。和平くんは、初めてその写真を見たときからずっとファンの写真家で、何年か前に出したアルバムに収録されているDo You Know?という曲のMVを撮ってくれたひとでもある。とても美しい写真を撮るひとだ。前々回の展示はどうしても都合が付かずにいけなくて、前回は行ったけれど行った日が休みだった。だからわたしにとっては念願の機会だった。初めて行くそのギャラリーは、古いだけど見るからにしっかりした造りのマンションの奥まった一室にあった。平日だし空いてるかなと思っていたけれどひっきりなしにひとが出入りをしていて、和平くんはお客さんとじっくり話し込んでいたのでわたしはひとまず声をかけずに時間をかけて作品を観た。和平くんには不思議のアリス症候群と呼ばれる、主に視覚に“ズレ”のようなものが現れる症状を持っているそうで、今回の展示はそれをテーマにしたものだった。和平くんのフィルムの、とても静かな白黒の写真に、ビビッドな蛍光ピンクの細い線が施された作品は、彼のいつもの作品と同じようにとてもとても静かなのに、でもそのピンクの線によってほんの少し、空間が歪むような音にならないようなキュッとした音を生み出しているように感じて、あぁそうかこれこそが不思議のアリス症候群の感覚なのかもしれないと思い、何という的確な表現なのだろうと心底脱帽する想いだった。特に琴線に触れた小作品があり、初めて展示で誰かの写真作品を買いたいと思ったけれど既に売約済みだった。

ギャラリーに併設された小さなスペースに並べられたアートブックをめくっているとちょうど和平くんがやってきたので「こんばんは」と声を掛けると驚いた様子で「あらあら」と言ったあと、自分のその発言に自分で笑っていた。会うのは4〜5年ぶりくらいだったのではないか。わたしはライブにしても映画にしても感想を言うということが得意でなく、むしろ自分の美的感覚としてそれを口にすることは野暮なように感じているところがあり、だから作品を観ながら和平くんにどんな言葉をかけるべきかなどぐるぐると考えていたのだけど、話しはじめると意外にするする言葉が出てきて、静かなのに音がするというその感覚のことを伝えて、そうすると彼は頷きながら少し笑って「すごいらしい感想で嬉しいです」と言った。しばらく話したあと、写真集を買って帰った。

ギャラリーと駅を結ぶ道の途中に『名画座』(これも名前を忘れた)という看板が掛けられた映画館があり、行きしなに気になってショーウィンドウの中の上映中作品のポスターと上映時間を観てみると、恐らく展示を観て出てきた頃にちょうど良いのではないかと思われる時間の上映があり、展示を観て出てくるとやはりちょうど良い時間になっていたのでまったく知らなかった『空白』という映画を観た。『新聞記者』を手掛けた制作会社、出演に古田新太、松坂桃李、寺島しのぶ、藤原季節等が名を連ねておりこれは間違いなさそうという期待を抱いていたけれど、全く予想以上の強さを持った作品で、全くもって凄かった。とても良かった、という大層な満足感を得て、来る途中どこかで見かけた「寿司」という文字に心身を引っ張られ、お腹も空いていたからGoogleマップで近くの寿司屋を調べて、一杯だけビールを飲みながら少しだけ寿司をつまんだ。チェーンの何とかという寿司屋で回転寿司でもなくそれほど安っぽい感じのお店でもなかったのどけど、びっくりするくらい美味しくなくてびっくりした。最近は寿司といえば美登利寿司しか食べていなかったから、やっぱり美登利寿司って美味しいんだなとぼんやり思った。それでも寿司は寿司に変わりなく寿司を食べたというその事実に満足して帰路。

電車に揺られながらしばらく映画の余韻に浸って、乗り換えてからは小説の続きを読みながら帰り、家に着いて和平くんの写真集をひととおり眺めてからベッドに入った。

そんなきのう。

これを書きながらずっと塩味のついたカシューナッツとカカオ80%のチョコレートを交互につまんでいたから完全に胃がぱんぱんになっている。いろんなことを思い出しているような気のせいのような気が、しているような、気が、しないでもない。