2023.07.11 空白

帰ってきたばかりだというのに、わたしはまたすぐにでもどこかに行きたくて、仕事をさぼって飛行機のチケットを検索している。今週末をどう過ごそうか考える。

東京の自分の部屋に帰って鏡を見たらすっかり日に焼けていた。昼間に川に泳ぎに行ったときには言い訳程度に顔と腕にだけ日焼け止めを塗ったけれど、それ以外はずっと素顔で過ごしていた。東京にいるときには部屋の中でも日焼け止めを塗るくらいなのに、ああいう場所にいるとちっとも気にならなくなって、でも東京に帰ればまたちゃんと日焼け止めを塗る、そのことを不思議に思う。

和歌山の姉の家のすぐ近くまでは夜行バスが出ていて、前に行ったときは飛行機に乗ったけれどバスの方が安いし乗り換えも楽だな、と思って久しぶりに夜行バスに乗ったら記憶の何倍も居心地が悪くちっとも眠れなかった。二十代の頃、これに乗ってあちこちに出かけて行き、早朝見知らぬ街に到着し、何時間もどこでどんなふうに時間を潰したのかちっとも覚えていないけれど、夜にはライブをして、打ち上げもそこそこにまたバスに乗り込んでは東京に帰ってくる、というようなことを、何度も何度もしていた、そのことがとても信じられなかった。

もう一週間くらいいればいいのにという姉の言葉を曖昧に受け流してちょうど一週間で帰ってきたけれど、家に帰ってきたらあれなんで帰ってきたんだっけ、という気持ちになって、大好きなはずの自分の部屋もなんだかちっとも魅力的に映らず、しばらくぼーっと立ちすくむような、そういう気持ちになった。わたしがいま住んでいるこの部屋は、自分の好きなものだけを置いているこの部屋は、確かに居心地が良く、わたしを守ってもくれる。でも、と思う。でも、それだけだ。ただ、それだけ。それ以外はなにもない。なんにも、ないのだ。同じように、東京という場所についても、なにもないな、と思う。ときどき観たいライブや映画がある、ただそれだけ。でもそれがなんだっていうんだろう。会いたいひとには会えたり会えなかったりして、でもそればべつにどこにいたって同じことだ。もう、ぜんぜん、ちっともなにも欲しいものなんてなくて、最近買ったワンピースに合う黒のレザーのサンダルと、あと久しぶりに海や川や滝で泳いだらやっぱり水っていいなと思って、近くのプールにときどき行ってみようかなと思って、だからそのための水着、それくらい、あとは、なんの欲求もない。食べたいものもべつにない。どこにいたっていいなら、ここじゃなくたっていいな、と、そういうことを思う。ぜんぶが宙に浮いている。あっという間に夏が来て、わたしは寝具を一気にえいえいえいっと洗濯して、そしてそれらはあっという間に乾いて、とても気持ちがいい。