2022.03.12 語ること、それから3.11について考えている、花を買った

石川優実さんのブログを読んで、性暴力について、ずっと考えている。「わたしはわたし自身のために、そしてわたしとよく似た誰かのために語らなくてはいけないし、そのための言葉を身につける必要がある」ときのう書いた。そして、今朝、書けるような気がして書き始めた。行きの電車の中で、iPhoneで。言葉はすらすらと出てきた。書くことがあり過ぎる。でも書ききれる自信はあまりない。思っていた以上にしんどい作業になりそうだなという予感がしている。それをしてまで書く必要があるのか?なんのために書くのか?書くことにどういう意味があるのか?逡巡。でも、書いてみたらいい。そうしたらいろいろ見えてくるのかもしれない。別に無理に公開する必要もない。でもきっと、もしも書き切ることができたら公開したいという気持ちも少なからず湧くような気がする。それを公開することはたぶんものすごーく勇気の要ることになるような気がしているけれど。そういうことを、ぐるぐる考えている。わからない。

きのう、議員会館の帰り、時間があったので好きなカフェに久しぶりに行ってアップルパイを食べてふわっふわの美しいソイラテを飲んだ。そう、そうしながら石川さんのブログを読んだのだった。そうしてそのあと、好きなお花屋さんに寄って、ピンクに黄色の少し入ったチューリップを3本と、それから真っ赤な花(アネモネの変形と言っていた)を2本買った。そうしてお花屋さんの向かいの服屋さんに花瓶がいくつか置かれているのが目に入って、小ぶりのものが欲しいと思っていたからちょうどいい、と思い、フラスコの小さいのみたいなガラスの花瓶をひとつ買った。最寄りの駅前のスーパーでにんじんと白ワインを買って、そうしていつもの橋をあるいていると、天気が良くて、気持ちが良くて、あぁなんていい日なんだろうと思って、橋の上からiPhoneで写真を撮った。そうして、あぁ、3月11日だ、と思って、それをそのままInstagramのストーリーに載せた。そして再び歩き出すと急に風が強くなって、髪の毛もコートもものすごい勢いで煽られて、ふらつくくらいの強さでもって、ついさっきまであまりに気持ちがいいから河原で少し本を読んでぼーっとしてから家に戻るのもいいかもなんて思っていたその考えをすぐに打ち消してだけど急ぐことなく家まで歩いた。花を買う代わりにそのお金を東北に寄付したらよかったのかもしれないと思った。家に帰って紙の包みを開くとチューリップは無事だったけれど、アネモネの変形は花びらがちょっとしんなりしてしまった。とてもきれいに開いていたのに。以前海に撮影に行ったとき通りすがりの花屋さんでいくつか花を買って(それもたしかアネモネだったのではないか)、でも強風に煽られてあっという間にしなしなになってしまったことがあった。その映像はお蔵入りになった。花のせいでも風のせいでもないけれど。チューリップは大きめの花瓶に活けてダイニングテーブル に、アネモネの変形は買ったばかりの花瓶に活けてキッチンの棚に飾った。

今朝、3.11のことについて考えた。わたしはあの頃、なにを思っていただろう?あの日、わたしは当時の職場にいて、たまたま段ボールがたくさん積み上がっていて、わたしは急いでそれを押さえた、事務所にわたしはひとりだった。電車が止まって、しばらく様子をみていたけれど動く気配がなく、頑張れば歩ける距離だからとりあえず帰ろうと思って歩き始めるとラッキーなことにほどなくしてタクシーが通りかかり無事に家に帰ることができた。断片的に思い出すことはある、曲を作って歌を歌ってそのビデオを作ってネットに載せたいと思ったけれど結局それには至らなかったこと、自分ができることがなくて落ち込んでいたと友達にちらっと話したら「アーティストだなと思った」と言われたこと、東北に姉とふたりでボランティアに行ったけれど滞在期間中毎日のように大雨でほとんど滞在先の古民家のようなところで過ごし、一日だけ土砂の掻き出しをしたこと、それが役に立っているのかわからないと思ったこと、他のボランティアのメンバーと仲良くなって東京でみんなで食事をしたこと。でもそれに伴う、そこにあったはずの感情はちっとも思い出せない。感情を思い出すってだけどどういうことだろう。

いま思えばあれはわたしが生まれてはじめて自分の無力さを本当に体験した出来事だったのではないか。自分のできることの少なさ、小ささを突きつけられ、そして原発事故を通して、わたしたちは誰も本当の、本当のことを知ることができないのだ、ということを知った。

そういうことを思いながら、11年が経ったいま、わたしが思うべきことはなんだろうかと考えた。わからなかった。そしてわたしはなにを思っているんだろうかと考えた。同じようにわからなかった。冷蔵庫のぶーんという音が響く部屋の静寂のように、わたしのこころからはなんの応答もなかった。