2022.10.04
あれは去年だったか、地元の親友ふたりの母の話をしたことがあった。その頃わたしは自分自身の愛せなさのその原因について集中して考えていて、ちょうど植本一子さんのエッセイを熱心に読んでいたこともあり(どういう言葉で説明するのが適切なのか自信がないけれど、母親との関係が良くなく、母によってたくさん傷ついてきて、精神状態や思考や生活に大きな影響を受けているというようなことがたくさん書かれていた)わたしがわたしを肯定できない原因のひとつに母からの言葉や態度や、があったのではないかと考えるようになっていた。いろいろなことを思い出していた。特に十代のころ、母に言われたこと、母に言ってもらえなかったこと。いま思い出してもわたしは母の言動によって少なからず傷ついてきたとは思う、でも、いまはもう、なんていうか、過ぎた、という感覚がある。言ってくれたこと、してくれたことも、その後になって思い出して、わたしは求めてばかりだったなと思って自分を恥じたりもした。これが受け入れたということなのかもしれない、となんとなく思う。
そう、それで、親友ふたりにそういう母の話をしたことがあって、高校のあのときにこれこれこう言われたんだよね、とか、そういう話をいくつかして、お酒を飲んでたこともあってわたしも彼女たちもあの夜はみんなして泣いて、聴いてくれて、話をして、そんなことがあったのだけど、後日ふたりがふたりで会ったときにうちひとりが「〇〇(わたし、地元の友達には名字に由来する呼び名で呼ばれている)は愛されてたと思う、留学もさせてもらって」と言っていたということを、もうひとりに会ったときに聞いた。
そうしてあとになってから、でも留学をさせてもらったことと愛されていたかどうかは無関係とは言わないまでも、でもまったく愛していなくても留学させることはあり得るだろうし、全然イコールではないよな、とふと思ったりして、わたしは確かに父にも母にも愛してもらってきたと思うし、いまも愛してもらっていると思う、でも、わたしが欲しかったのはその「事実」ではなく「実感」だったのだな、ということにそのときはじめて気がついて、なんだかとてもはっとしたというか、ずいぶん納得したのだった。
最近は両親のことについてよく考える。いろいろなことを思い出している。母に対してよりも父に対して、わたしはけっこうひどいことを言ってきたなということも思い出されて(それは姉の影響がとても大きいと思うけれど)いつか謝りたいと思ったり。
今日、弟夫妻の子どものお宮参りだったそうで写真が送られてきた。家族3人に加えて、それぞれの親たち。スーツを着て赤子を抱く弟はなんだかすっかりわたしの知らないひとのような顔をしていて、わたしが感じていた感じているのはさみしさの類というよりも、圧倒的な距離、事実としての距離だった。わたしは弟とはそれなりに仲が良かったと思うけれど、でも折り合いのつかなかったこともたくさんあって、最後に一緒に暮らした一年くらいは特に、だから彼の中でわたし対して思っていることもきっとたくさんあるのだろう、わたしが姉に対してたくさんを思っているように、ということにふと思い至ったりなどして、ぼんやりと、距離、距離。
同じように、母に対してもなんだかすーっと、距離。
同じように、世界にも、 会おう飲もうごはんいこうと言うだけ言って言いっぱなしの友人知人たちにも、距離、距離、距離。でもこれくらいのほうがあるいは生きやすいのかもしれない、期待をしなければ楽になると、よく言うよね。
家族のことは難しくて途端に文章がとってもちぐはぐ。やらなくてはいけないことを少しずつ少しずつ先延ばしにしている。どこもなにも悪いところはないと歯医者に言われた左下の奥歯がだけどずっと痛い。