2025.03.09

そんなわけで、つまり、わたしは近くいまいる場所を出て東京(方面)に少しの間戻り、そしてそのあとはまたしばらくべつの場所に行ってみようかなどと考えているので、あれこれ大きいものから小さいものから、荷物の整理などを少しずつはじめている。例えばひとり暮らしのお年寄りが亡くなったときに残された荷物の整理がいかに大変かというのはよく耳にする話だけれど(わたしの祖母も最近施設に入ったので住んでいたマンションの部屋を遅かれ早かれ引き払う必要があるわけだけれど大量の荷物があるために遅々として進んでいない)本当に、生きているだけで荷物というのは自然とというか勝手に増えていくので、冷静になって考えてみるとなんだかちょっと唖然としてしまうほど。今回はもう大きいものはもうほとんど手放そうかなと思っているので、そう思うとだいぶ気持ちが楽。洋服も、悩んだ末結局やっぱり寄付をすることにして(そうすると子どものワクチンになるというサービス)身軽になると気持ちがいい、というか、いまはたぶんそういうタイミングなのだろう、と思う。もしまたいろいろと必要になったらそのときにまた考えたらいい。余白を多くとって、風通しをよくして空気を入れ替えておきたい、そういう時。

今日はとても気持ちのいい晴れで、久しぶりに小さいひととふたりで浜に出掛けた。砂浜につづく幅の広い階段造りにごろりと寝そべって太陽の光を浴びた。小さいひとがわたしのお腹の上に同じようにごろりとなって、そのことについてころころと笑い、それはそれは美しく尊い瞬間だった。毎日よくわからないままに過ぎて、本当いろいろ相変わらずよくわからなくなってしまうのだけど、でも、こういう、日々のなかの小さなきらめき、たしかだと感じるそれらを、それらこそを、わたしはいつだってちゃんと大事にしたい、それができる己でありたい、と、そういうことを思う。