2026.02.18
世田谷に住んでいたころ、家のすぐ目の前にバス停があり、渋谷まで一本で行けたのでよく乗っていた。当時付き合っていたひととそのバスに乗っていたとき、そのひとが昔子どもたちの引率でバスに乗っていたさいに(なんの仕事をしていたんだろう、たぶん聞いたはずだけどぜんぜん思い出せない)子どもたちがいたずらで降車ボタンを押してしまうので注意していたら最終的に間違えて自分が押してしまって気まずかった、という話をどうやらわたしを笑わせようとして話してくれたのだけれどわたしは特段面白いとも思えずそして上手に面白がっているふりもできなくてなんとも中途半端な反応をしてしまった、そのことをさっきバスに乗っていてふと思い出した。もう長いこと思い出すこともなかったのに、そのひとの笑ってる顔まで鮮明に浮かんできた。思い出というのは本当にふっとやってくるので剣呑というかなんというか。
この間、久しぶりに煙草を吸った。友人たちがDJをするというので出掛けて行ったゴールデン街の小さなバーでちびちび焼酎のロック(初めて見るカルダモンフレーバーの焼酎、とてもおいしいしかった、家の近くのスーパーにもスパイスの香りの小洒落た焼酎が売っていて、一度買ってみたらおいしくてそれ以来よく買っている、そういうのが好きみたい)を飲みながら音楽を聴き、選挙の話なんかをしていたらちょっと吸いたい気分になって友達に一本もらい、外の空気を吸いがてら店の外に出て、その一角をぐるっと散歩しながら吸った。狭い通路は外国人観光客と思われるひとびとでごった返していた。わたしはもともと煙草が大嫌いだった。臭いし目も喉も痛くなるし、なにより自分が吸ったわけでもないのに家に帰ったあとまで自分の服も髪も臭くなるのが我慢ならなかった。いまみたいにまだ分煙も禁煙も進んでいなかったから、喫煙者の勝手な都合で副流煙を吸わされ臭いまみれにされる、その理不尽さにいつも腹を立てていた。しかしわたしが十代から二十代半ばにかけて付き合った男たちのほとんどはことごとく喫煙者というか愛煙家で、彼らはわたしがどんなに嫌がり説得しときに懇願しても煙草をやめることはなかった。本当に嫌だったなあ、煙草を吸ったあとのキスも本当に嫌だった。なんの話だっけ、そう、もともと煙草が大嫌いで、でも吸うようになったのはいつだったか。思い出した、世田谷に住んでいたときある撮影で煙草を吸ったのだ、わたしはうまく吸えなくて何度か撮り直した(結局その映像はお蔵入りになった)。それでそのときに残った煙草を家に帰ってから出来心で吸ってみたりなんかして、それからときどき、バーとかライブハウスとかで酒を飲んだときに一本とか、吸うようになったのだった。いまでもべつにおいしいとも好きだともなんと思わないし、むしろ変わらず嫌な臭いだと思うのになんで吸いたくなるのだろうか、剣呑だ、
なんとなく、あまり元気が出ないなあという感じの日々。ごまかしごまかし毎日をやり過ごしている。弱っていると自分のなかのストッパーみたいなものも弱くなるのでうっかり間違えそうになる、というかもう間違えてもいいや、という投げやりな気持ちになりがち。だから少し気をつけなくてはいけない、梅の花があちこちで咲いている、白も綺麗だけど、木工薔薇みたいな黄色が綺麗、うつろっていく季節、剣呑だわなにもかも