2024.01.16 加速、助走

年が明けてからいつも以上にまたなんだか次々にいろいろなことが思い出されて、わたしは常日頃から「思い出す(というか勝手に“思い出させられる”)」という行為に多くの時間を割いている(というか“割かされている”)わけだけれど、年が明けてからはそれがさらに加速している、ように感じている。思い出す/思い出される内容はだいたいパターンが決まっていて、思い出せば思い出すほどにその思い出は強化されていくので、思い出す/思い出される内容というのはますます限定されていくのだろうと考察しているのだが、最近はその固定された思い出以外の、ずいぶん昔のすっかり忘れていたことなんかが急に思い出されたりしてちょっとはっとしたりするのだった(でもそれだってすぐに、本当にすぐに忘れるんだけど)。

年末年始はとてもゆっくりして、そしていまもまあ、ゆっくりしている。仕事は一応しているけれど、仕事をしているというよりも仕事をしているフリをしている、という感じ。自分とは関係のない世界を垣間見てはへぇ、と思いながら。つくづく興味が持てない。しかし世界のほとんどはそういうもので構成されているのだということを思うと本当になんとも言えない気持ちになる。いずれにしてもなるべく早く関わるのをやめたらいいやめたいやめるべき、とそんなことはもうずっと前から思っているけれど、でもまあ、遅かれ早かれそのときは来るのだろうと最近は思う。

去年から楽しみにしていたAdrianne Lenkerのソングライティングコースが先週からはじまった。一ヶ月間のコースできのう二回目のレクチャーが終わったところなのだけれど、これがまったく素晴らしい内容で、画面越しに彼女が話すのを聴きながらわたしはほとんど泣きそうだった。Big Thiefはアメリカのインディーシーンの中でも特異で稀有な存在だと思うけれど、彼女の存在そのものが奇跡のようだと、大袈裟でなく思う。音楽について、そして音楽との関係性について、思うともなく思い、しかしあまり考えずなるべく素直な気持ちで彼女の言葉を聴き、一生懸命に課題をやっている。そうして出来上がった曲は、なにもひとつもわからずに曲を書きはじめた頃に作った曲たちを彷彿とさせるもので、今後リリースしたりひと前で歌ったりするかどうかはわからないし、世間的にどういうふうに受け止められる類の曲なのかも判断がつかないけれど、でもなんか悪くなく、なんていうかとても愛おしいのだった。そしてその曲を作って気がついたのだけれど、わたしはたぶん去年一曲も新しい曲を書かなかったのではないか。そしてそんなことはたぶん音楽をはじめてから初めてのことだったのではないか。去年はひたすらに制作をしていたから、全然それでも良いのだけど、少しなんていうか、そうか、という気持ちになった。今年はたくさん曲を作りたい。あまりあれこれ考えず、とにかくたくさん、作りたい。

それにしてもたった一度のレクチャーで、これまで何度試してもちっとも自分のものにならなかったオープンチューニングがついにしっくりと“わかって”しまってなんだか拍子抜けするほどだった。物事というのは概してそういう側面があるよね。そしてもうひとつには驚くほどに英語が喋れなくなっており、単語が出てこない、言葉に詰まる、みたいなことはいつものことなのだけれどついに発音まで悪くなっておりそのことに心底驚いた。発音というのは一度身についたら失われないものだと思いこんでいた。だから最近は慌てて意識的に英語でぶつぶつ独り言を言っている。

世界は相変わらず加速度を上げながらあさっての方向に突き進んでいて、わたしはその様子をそのときどきいろいろな気持ちになったりならなかったりしながら、見ている。ただぼんやりと眺めるのではなく、目を凝らして注意深く見る、見つめる、ことが大事なのだなと思う、どんな物事も景色も感情も。