2026.02.05
北軽井沢という土地に、すこしの間行っていた。その名のとおり軽井沢のすこし北、長野ではなく群馬県にある、まさに高地、高原、といった感じの場所だった。考えてみたらあまりそういう場所には行ったことがなかったかもしれない。一面の雪景色を期待していたのに、日陰にいいわけていどに白いものがのこっているだけだった。大好きな佐野洋子が長く時間を過ごした土地ではないかここはそういえば、ということに気がついたのは帰る日になってからだった。よく歩き、よくぼーっとし、よく本を読んだ。父の実家が長野なのでアルプスも浅間山もなんとなく懐かしく、雄大で美しかった。帰りの新幹線は平日の昼間だというのにほとんど満席だった。だけど幸運なことに窓際の席にすべりこむことができて、軽井沢ビールというのをちびちび飲みながらあっという間に東京駅に着いた。
選挙のまえになるとそわそわするのはまあいつものこととは言え、世の中、状況の悪さもさることながら、なにを言ってなにを言わない、とか、SNSとの付き合い方とか、他者からの目線とか、気持ちばっかりが急いてしまってけっきょくなにもできないとか、いいかげん堂々巡りで進歩がない、そういう自分にげんなりするのだった。いろんなひとの言葉に勇気づけられるけれど、それはたしかにそうなのだけど、でもなんかそろそろわたし個人は違う角度から、つまりSNSやオンライン上でのあれこれだけでなく、もっとフィジカルで実際的なことがやりたいというかそれをやらないことには進めないのではないか、という気持ちになっている。足を運んで、体を動かして、ひとと会って、とか、なにかそういうことを今年はやっていきたい。
このWebサイトをつくるまえ、Tumblrをサイト代わりに使っていて、そこにライブの情報などと一緒に文章も載せていた。きのうふとしたきっかけでそのページを開いてみたら、いまここに書いてある文章よりももっと文章っぽくない、散文というか詩っぽいものとか、ほんとう数行の、ただ思い浮かんだ言葉、というようなのが並んでいて、夜な夜なスクロールしてしばらくじーっと読んだ。具体的なことはあまり書いていないので、なにかがあったことはなんとなくわかるけれど、それが指す具体的な内容は自分でもわからなくて、それというのは少し不思議な気持ちがしなくもない。わたしはなにをみてなにをとおしてこんなふうに思ったのか。奄美にいたころのことや、東京に戻ってきてからの日々。どんなに鮮烈でも、忘れるのだ、ぜったいに。だけど、残っている、残っていく、とも、やっぱり思う、くり返しそう思う。
そんなことを考えていればなんだか胸がきゅーとなって、そういう自分の幼さを愛おしく思うと同時に心もとなくもあって。なにも変わらないな、と思う。なんとなく海がみたい気持ち。冬の海っていいんだよなあ、灰色の、ただただ寒く冷たいだけの海
わたしは今日このあと投票に行く。