2026.04.29

薄っすら、久しぶりのあの感覚。もうなくなったと思ってたのに。そんなに簡単になくなるはずないか、それもそうか。波みたいに、遠いけど近い、消えそうで消えない、絶えず音が鳴っている。これをずっと「死にたい」だと思っていたけど、そうではなくて正しくは「生きたくない」だとさっきふと気づいた。でもはっきり死にたいと思っていたときもあっただろうか、そんな気もする、もう忘れてしまった。忘れたということは乗り越えたということなんだろうか、いやそんなはずないな

わたしが自分のことを空っぽだと思うとき、そこにはいろんなものを避け、逃げつづけてきたその結果その報いなのだ、という自責の念がある。死にたい、には積極性を感じるけれど、生きたくない、は究極の消極であり、そういう意味でなんというか、象徴的と言えなくもない。ふり返ってみればそのときそのときでけっこう一生懸命にいろんなことをやってきたはずなのに、どうしてその結果がこれなのだろう、どうして未だにこんなにも空虚なのだろう、変なの

住んでいる部屋の、ベランダが、特別広いわけでもないのだけど、下の部屋の庭の木々や空が見えて気持ちがいいので、外用のリクライニングチェアを買ってすみっこに置いた。最近はそこでコーヒーを飲んだり本を読んだりする。いまもその椅子でこれを書いている。いい買い物をした。自転車にまたがった小さな男子たちが何度もなんどもさけぶようにしてバイバイを言い合って交差点で分かれていった