2026.06.21
金曜の夜、スガナミさんが電話をくれて、なにを聞く前にああミルくんが亡くなったのだなと思った。なぜそう思ったのかわからないけれど、なぜかそうだとわかった。そして残念ながらそうだった。
ミルくんのソロ作品をそういえばわたしは聴いていないということに気がついて、イヤフォンをして聴いた。なにかアルコールを飲みたかったけれどわたしは仕事中で、飲んでもしかしなんの問題もないだろうと思ったけれどこういうときにそういうことをするとロクなことがないという気がして誘惑に耐えた。インタビューを検索して探して読んだ。長くて途中までしか読めなかった。エレキングの特集でマーズくんとミルくんの記事が載っている号を読みたいなと思いながら過ぎてしまった。まだどこかで買えるだろうか
木曜日に渾身のデータを送った友達から最高だけどちょっとリクエストがある、と返信があったのできのうは一日また家で録音。まったく集中できず、いろんなことが気になってなんだかわたしは全方向にはち切れんばかりの怒りを感じていて、それでもどうにか録り切って、ファイルを整理して夕方には送った。なんだか疲れてもいたしこれは今日はもうだめだどうしようもないと思いとりあえずふらふらと家のすぐ近くの八百屋とスーパーに行き、八百屋で果物(キウイ、アボカド、プラム、パイナップル)、それからスーパーで白ワイン、柿ピー、お気に入りのジンジャークッキー、ハーゲンダッツのチョコとラムレーズン、パルテノをぽいぽいかごに放り込んだ。レジでお会計の額に一瞬ぎょっとして、でも今日はもういいなんでもいいよと思って家に帰り、とりあえずビールを飲んでそれからワインを開けて、クッキーとパルテノとアイスを順番に食べて、映画を一本途切れ途切れに観て、湯船にゆっくりつかってゆっくりストレッチをして流しもきれいにして部屋を整えてLINEの通知はほとんどぜんぶ無視して朝のアラームを切ってふとんにもぐった。
今朝はだけどわりと早くに目が覚めてそのまま起き出して、しかしなにをするでもなく、ほとんどの時間をソファのうえで過ごしている。本を読むか横になるか本を読むか横になるかなにか少しだけ口に入れるか本を読むか横になるか。午後は予定があったけれどキャンセルした。きのう卵を買い忘れたのでスーパーに行きたいけれどその気力さえいまのところ湧かない。外の空気を吸うといいかもしれないと思ってベランダの椅子で少し本を読んでみたけれど、こんなに曇っているのに日差しがじんわりと暑くてああ確実に着実に夏、と思ってすぐに部屋に引っ込んだ。
死ぬ、ということについて考えた。たどり着いた結論は、それというのはつまりありとあらゆる可能性を失う、ということだった。電車や街やライブハウスで偶然会う可能性、ふと思いたって連絡してみる可能性、新しい音楽やムーブメントや出逢いや言葉や思いや意思や命やなにかが生み出される可能性、そうした一切が一切消滅するということ。しかしつまるところそれが意味するところはなんだろう?“だから”なんだというのだろうね?
しかし残されたほうは生きなくてはいけない、生きるよりほかにしかたがないどうしようもないそのことに非常な怒りを感じながらきのうは歯を食いしばるようにして歌を録った。そうして今朝は、ほんの少しだけSNSを見てみればミルくんに関わる投稿をいくつか目にするもののあたりまえにあたりまえにそれ以外のことで溢れていて、ひとがひとり死のうが生きようが生まれようがあるいは何人死のうが生きようが生まれようが世界はただただつづいていくただそれだけでそれ以上でもそれ以下でもなんでもなくてただすべてはそこにありあり続けているそのことになんだかすっかり虚脱し、風に膨らむカーテンの隙間から見える空がやけに真っ白でソファに横たわったままそれをなんとなくみている