2026.08.04
二日連続で本を忘れる。こんなことははじめて。本を忘れること自体まずないのに二日連続とは。しかもきのうも今日も読む気まんまんだったというのに。読み進めるチャンスだったのに。ぽんこつである。
夜中に目が覚める日が何日か続いていてあれこれはまたはじまってしまったのだろうかと訝っていればきのうは明け方近くまでまったく眠れなかった。外でずっと誰かが騒いだり怒鳴ったりする声が聴こえていた。何時間もなにをそんなに大声を出すことがあるのだろう。しかしそのわりに今日は朝からすっきりした心身で不思議なことだ。きのうの日中は使いものにならず一日のんびりしたからだろうか。そう、きのうは体がもうまったく動かずほとんど一日をソファの上で横になって過ごした。だらだらスマホを見ていてもすぐに飽きて、置き場がないために段ボールに入ったままになっている本のなかから金原ひとみの文庫を一冊出してきて読んだ。金原ひとみは良くも悪くも品がなく、へんにお行儀よくないからいい。潔くていい。西加奈子が金原ひとみの小説の帯に「自分を愛することを認めてくれる小説はあまたあるが、金原ひとみは自分を愛さないことを認めてくれる稀有な小説家だ」みたいなことを書いていて(言葉は正確ではない、「認める」ではない気がする)ああそれはたしかにそうだと思ったことを思い出す。合間あいまに文章や歌詞を書いた。言葉がどんどん過ぎていく。
そうしてきのうは夕方前にやっと動く力が湧いてきて、少し調べものをして、それから着替えて外に出た。電車に乗りながらもかなりぼんやりしていたのでこんなことで友達と会ったとてまともに話しなんてできるんだろうかと不安だったけれどいざ会ってみればなんてことはなく、いつも通り良い時間を過ごし、お腹空かないしお茶だけでもいいなーなんて思っていたくせにけっきょく南インド料理をお腹いっぱいになるまで食べた。そうして帰り道にはすっかり元気になっていつになく前向きな気持ちで家に帰った。なんだか薄情なことだなと思う
しかしそんなわけで浮き沈みはあれどわたしはなんだかいつになく元気なのだった。少なくとも今日は。日々はどんどんぐんぐん過ぎて過去になっていって、忘れてだけど残っていって、わたしはわたしたちは日々古くなり新しくなり、それはそんなに悪いことではないように、今日は、少なくともいまこの瞬間は、思えるのだった。
しかし8月は楽しみな予定がいろいろと入っていてそのことを思うと心がぱっと明るくなるような気持ち。生きよう