2026.07.17

先週は仕事がまったく、ひとつもなかったのでこれはどこかに行くための時間だ、もっと気軽にいつでもどこにでも行く習慣を身につけたほうがいい、という気持ちになって、どこか海がいいなーどこがいいかなーと思っていれば、なんとなく目が合ったもう長いこと本棚に座っていた小説の舞台が西伊豆の土肥というところで、そしてその小説は奄美を出るときに友達がくれたもので、なんとなくこれはもうここしかないのではないか、という気持ちになって。

火曜日は友達と一日鎌倉で過ごし、何年かまえに亡くなった某アーティストのプライベートスタジオにお邪魔するという光栄にあずかり、吹き抜けのそれはそれは美しく洗練されたスタジオで、素晴らしいスピーカーでいろんな音を聴いた(自分の音源も聴いた、ぜんぜん違って聴こえてとても不思議な気持ちだった)。そんなことをして、というかなにをするでもなく音楽を聴き話をし午後中をスタジオでのんびり過ごし、夕方になって浜辺ですこしだけビールを飲み、夜は藤沢でごはんを食べてそのまま近くのホテルに泊まった。土肥に行こうと思っていはいたものの宿を取っておらず、というか一応事前にいろいろ調べてはいたのだけど良さそうな民宿が軒並みお休みで(なんとなくどうしてもこじんまりした民宿に泊まりたかったのだ)藤沢のホテルをチェックアウトする直前に、新しいらしい浜に面したコンドミニアム的な部屋を予約したのだった。

迷ったけれど少しお金をよぶんに払ってオーシャンビューの部屋にした、その選択をしたことがとてもよかった。部屋にいながら海の風にあたり、波の音を聴き、ぼーっとした。曲をゆっくり書こうと思ってわざわざギターを持っていって、弾いたには弾いたけれど、結局ほとんどの時間を考えごとに費やした。少しだけノートに言葉を書いた。夜はどこもお店がやっていなくてだけどすぐ裏にスーパーがあったからそこでお刺身などを買って、ビールを一日一本だけ飲んで、昼間は浜の木陰でねっ転がったり、ベッドでごろごろしたり、隣の浜まで歩いたり、ジェラートを食べに行ったり、温泉に行ったり、そんなふうにして、なにかしたようななにもしなかったような2泊3日。たいそう良い時間であった。こういうのってやっぱりひとりでないとできない。やっぱり海はいいなあ、ギターを持っていくことにばかり気を取られていたせいか、というかそもそも都内近郊の海で泳ぐという習慣も発想もなくわたしは水着を持っていくということを思いつきもしなくて、でも海を見たら入りたい気持ちがむくむくと湧いて、夜中にこっそり裸で泳ぎ、帰る日の朝はいちばん下着っぽくない下着を選んでそれで泳いだ。浜にはだれもいなかったからなんの問題もなかった。海はいいなあ、ほんとうにいいなあ

そうして週末から頭にかけてはなぜかまた連日ひとに会いまくり、その後はこつこつ家や外で仕事。もくもく、たんたん。

考えそして決断をしなくてはいけないことがいくつかあって、なんとなく気が重い。えいっと思って決めて行動してもその先で肩すかしを食らってふりだしに戻る、みたいなこともあるし。思いもよらないところから難題をふっかけられたりとかさ。試されている。毎日毎日。なかなかちっとも許してもらえないのだ。どうしてそんなに厳しくする必要があるのだろうね?こっちは存在しているだけでいっぱいいっぱいだというのに。いやそうでもないか、ときによるな。しかし、やるしかないのだ、それが生きるということではないのか、そうなのか、そうなのだたぶん、ぐう

きのうはそんなことであれこれ考えていたらどんどん気持ちがふさいできてあれこれはちょっとよくないかもと思ったけれど夜になって走りに出たら気持ちがすっきりして、というかむしろ怒りが前のめりに出てきて、わたしはひとりで勝手にすごく怒っていて、ああこれはなんかいいことなのかもしれないという気がした。感情ってほんと、知らないうちに知らないところに隠れていたり溜まっていたりするものだからさ、出てくると安心する。いつでも出てきていいんだよ、

ますます食への興味執着が薄れる昨今、毎日同じものばかり食べている。ひととお店などに行けばあれもこれも食べたいような気持ちになるのだけどひとりだとぜんぜんまったく。のちにしわ寄せが来るだろうか、いやだなあこわいなあ。べつにお腹も空かないがもうお昼をとっくに過ぎているしもうすぐ家を出ないといけないからとりあえずすこしはなにか食べる。なるべくたんぱく質を摂るように気をつけている。あとは少しは炭水化物も食べて、あとは果物とナッツと、気休めにのんでいるサプリが頼みのつな。あとのことは知らん