2026.08.15 波にのったわたしは

天気の悪さに負けずに洗濯機を回す。今日は朝5時に起き、6時前の電車に乗って湘南まで行き、念願のサーフィンをした。わたしはずーとずーとサーフィンをしてみたかったのだ、いつかいつか、と思い続けて、そうしてこの間千葉の海に友達と行ったとき、外房の波にざっぱんざっぱんと何度も揺られてああこれに乗れたらどんなに気持ちのいいことだろうと初めて体感として思って、そのあとも友達たちとたびたびサーフィンの話になったりなんかして、あ、これはいよいよだなという気運が高まり今日にいたったのだった。わたしはたいていのことはそつなく出来てしまう(「のんちゃんはそつがない」というのは自分を器用な人間だと思い込んでいたわたしに友人が言った言葉)のでそんな気はしていたがなんと一回目のラン(とはたぶん言わないだろうねサーフィンでは、わたしはサーフィンのことをほとんどなにも知らない)であっさりボードに立ちそのまますーっと波に運ばれて浜まで到着したのだった。しかしちゃんと出来るようになろうと思ったら当たり前にけっこうたくさんの練習が必要そうで、時間と労力とお金をかけてそれに励まなくてはいけない。だけどいまはそれをやってみたいと思っている、からたぶんわたしはやるんだろう。楽しみだな。

レッスンが終わってシャワーを浴びて着替えてから少しだけ浜に出たら、ちょうど正午で、終戦記念の黙祷を呼びかける放送が流れて、わたしは海に向かって手を合わせて目を閉じた。今日は8月15日。

そんなわけで昼にはぜんぶが終わって、駅前のカフェで軽くごはんを食べてコーヒーを飲んで、寄り道しようかなーとも思ったけれど夏休みだしお盆だし週末だしどこに行ってもごった返しているだろうしなにより疲れていたしもうこれはさっさと帰ろうと思いまっすぐ家に帰ってくれば、これだけのアクティビティをしたあとなのに時計はまだ3時前を指していて、なんという長い一日だろうか。早起きの威力。ほとんど魔法。そういうわけでとりあえずタオルやら水着やらを洗濯機につっこんで回す。回す。

浮き沈みはまあある。今日は調子がいいけれど、きのうおとといはあまりよくなかった。その前はもっとよくなかった。先週はずっとひどかった。病的な眠気が毎日襲ってきて、そのくせ夜はあまり眠れなくて、体も頭もぜんぜん動かなくてほとんど廃人のようだった。そのことを思えば今日はだいぶというかかなりいい、右肩上がり、文字通り。

桃をむく。わたしは果物のなかで桃がいちばん好きなのだけど、高いから自分ではなかなか買う気持ちにならなくて、でもおととい家のすぐそばの八百屋さんに行ったらわりと手頃な値段で並んでいて、すっと自然に手が伸びて、するすると皮をむいて、すいすいと飲むようにして食べた。ちゃんと甘くてやわらかくておいしい桃だった。

かれのことを思い出したり思い出さなかったりする。思い出すというより、顔が浮かぶ、影がちらつく、そういう感じ。しかし日々少しずつしかし確実に薄れている、あっという間だ。瞬く間だ。たぶんいまごろ台湾にいるんだろう(台風でフライトがキャンセルになったらざまあみろと少しだけ思った、ほんの少しだけ)そしてわたしよりもっと好きな本当にちゃんと好きなひとと一緒にいるんだろう、不当なことだ、とは思うけれどべつに怒りも恨みもつらみもない。不思議と。不当なことだ、とはしつこく思うけれど。まあなるべくしてこうなったというか、遅かれ早かれ、どちらにしてもずっと一緒にいる相手ではなかった、そのことははじめからわかっていた、ほんの束の間とはいえお互いにお互いのやり方でお互いを大切に思い合って、けっこういい時間を過ごした、ということ、それ以上でも以下でもなく。という、そういうことなのだった。お互いそれぞれにそれなりに元気に生きていければいい。

さてそんなわけでわたしはくたくただけれど相変わらず昼寝がうまくできない。しかし疲れているからほかのなにをする気にもならない。しかし眠れないので休めない。しかしまだ4時にもならない。今日はまだまだ終わりそうもない。日々は続く。続く。