2026.07.30
ミステリアス、という言葉をわたしを形容するさいに使われることがある。これはかつてある種の笑い話であったが(だってミステリアスって)あまりに頻繁にいわれるのでだんだんそうでもなくなった。はじめはその所以がぜんぜんわからなかったのだけど、いまは単純に、感情表現が下手で自分の話をするのが得意でない好きでない、あとはあるとするならばその2点と見た目との相性による相乗効果、というような、なんかそんなことだろうと思う。ひとから見られる自分と自分の思う自分との間にはもうずいぶん前、というかもしかしたらはじめから大きな隔たりがあり、そのことについていい表せない違和や不快をながいこと感じていたのだけど最近はあまり気にならなくなった。どうでもよくなった。慣れたのかな
この間、心をひらいているひとにベトナムでバイクで転んで傷だらけになったとか洞窟で転んで腰を強打したとかそんな話をしたらやっぱり意外がられて、それはまあいつものことだしそういうふうに見えないというのは自分でもわかるからいいのだけど、でもそのことをどうしても少しさみしいと感じて、そういうふうに見えるってわかるけどこういうところもあるんだよとなるべくやんわり伝えた。
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つまるところ物事はちゃんとなるようになっているんだなということを今朝は思って、最近は浮き足立っていたしむしゃくしゃもしていたしいつにも増して上がったり下がったりしていたからやや投げやりあるいは単純に快楽主義的な気持ちで間違えそうになったり自ら間違えにいったりしていたのだけど、おどろいたことに結果としてほとんど間違えるにはいたらなかった。そっちじゃないよ、そっちにはいかせないよ、と神さまみたいな誰かがちゃんとみていてくれた、みたいなそういう感じだった。だからこそわたしは背筋を伸ばしてもう少し、というかそろそろギアを入れ換えてしゃんとしなくてはいけない。そういうことを思う。しっかりしなくちゃ。
きのうはなんだかやたらセンチメンタルな気持ちでセンチメンタルな言葉を書いてこれを読まれるのは恥ずかしいな誰も読まないでほしいなと思いながらアップして、でも夜になったらみるみる気持ちがズレてきたのを感じだから気持ちが悪くなって下書きに戻した。今朝はなんだかやけに白けた気持ちでむしろややいらだってさえいる。だけどなににいらだっているのかよくわからない。なんだろう。しかしなぜこと恋愛みたいなことになるとへんな気恥ずかしさを感じるのだろう。どうしてそこにパーソナルな、公にすべきではない、みたいな意識を持ってしまうのだろう。つまらない文化を内面化している。
恋愛なのかなんなのかいったいなんだったのか名前を持たない束の間の関係性をこれ以上ないほど美しく完了し(しかしそういうことを考えはじめると恋愛とそれ以外の境界線みたいなことを考えはじめてそれというのはけっきょくしごく曖昧なのではないですか)わたしはまたもとに戻って、いつもどおり。ひとり淡々と日々を暮らす、生きる。あれだけどこれはやっぱり少しセンチメンタルなんだろうかそうかもしれない、でもまあたまにはいいかそんなのも。生きてるのだからね、少しくらいいろいろないとね。8月だね、8月かあ、また海に行きたい