2026.08.26 セピア、なんもかも

乗り換えの駅のホームでバッグを腕に抱えてふと目を閉じたらふわっと風が吹いて思わず目を開けると線路ぎわのコンクリートに落ちた影が揺れていた。サングラス越しのそれはセピア色。

今年はサングラスを2本(正確には3本)失くし(または壊し)たので3本目(正確には4本目)のサングラス。一本目はベトナムで滝に入っている間になくなり(どう考えても荷物と一緒に置いておいたはずなので誰かが持っていったのかなーと思っている、それで間に合わせに現地で買った偽もののイブサンローランのサングラスは買ったその日に壊れた、カウントするならそれが2本目)、もう一本は千葉の海で波にさらわれて海の藻屑になったのだった。ものを失くすことはあまりないけれどサングラスだけはやけに失くすので高いのは買わないことにしている(それでもベトナムで失くしたのはめずらしく何年も使っていた)。あとなかなか気に入るのがないし。だからいつもそのへんで適当に、嫌じゃないと思う程度の手頃なのを買う。最近はレンズの色が薄いのが主流なのらしく、かけたまま本を読めるしいいなと思ってその通りなんだけど、でも見た目があんまり好きじゃなかった、たぶんあんまり似合ってない、でももう買っちゃったからしかたがない。

ちゃんと作られたケーキをお腹いっぱいもう食べられなくなるまで食べたいという欲求が少し前からあり、それを満たすためにきのうは友達と連れ立って某老舗ホテルのビュッフェなるものに出かけて、まあそれなりに美味しかったけれどでももういいかなという感じで(これだったらひと切れ千円二千円するケーキを大事にだいじに食べた方がいいなと思う)、夜はシュガーハイなのかまんまと眠れず久しぶりに布団のなかで何度もなんども寝返りを打った。そうして今日はなんとなくぬぼーっとしている。だけどきのうは楽しかったな、ケーキどうこうというより、とても久しぶりにゆっくり会う友達で、なんだかやけにいろんな話しをした。お互いそれぞれに大人になった。思うに、自分が自分を開けば多くの場合は相手も自分を開いてくれるのだ。逆もしかり。そういうことを最近はひとに会うたびに確認しているかのよう。

友達が送ってくれたデモがあって、重い腰を上げて久しぶりにマイクをセッティング(といってもケーブルを繋いでスタンドを立てるただそれだけなのだけど)して、思いついたフレーズを足して、ほんの一時間かそこらの作業で、もっと推敲したほうがいいかなと思いながらもファイルを送ってみたらなんだか気に入ってくれたみたいでよかった。音楽をつくる仕事がいくつかきていて、歌はないけど、明日からもまただから少しキーボードを弾いたりソフトであれこれしたりすることになっている、というか、なった。音楽は相変わらず音楽で、遠くて近くて、わたしは相変わらずこんなんで、ほんとなんだか肩身がせまいというかなんというか、違う、本当は、ごめんね、と思う、思っている、それは音楽にたいして、ということはつまり自分自身にたいしてそう思っているということで、セピア色というのはなぜ郷愁とか切なさとかそういうものを連れてくるのだろうか。なんかほんと、ごめんね、