2026.08.24

そうして過ぎていく8月。なんかふと我に返って唖然としたりする、目の前の空白に。いつまで経ってもなんどでも飽きもせず途方に暮れる。

きのうは千葉の海に行って、当たり前に湘南よりも波が強いのでこの間よりもぜんぜんうまく乗れなくて久しぶりに出来ない悔しさみたいなものを味わって、インストラクターがあまりいい感じでなかったことも相まってわたしはなんだかすこし不機嫌になってだけどそんなのはまったく子ども染みていておかしかった。しかしなにをしたわけでもないのに今日はまた全身が筋肉痛。水のなかにいるとなににどんなふうに力を使っているのかよくわからないのだけどしかしたしかに使っているのらしい。今度はまた湘南に行ってみるつもり来週あたり、わたしはYouTubeをまったくと言っていいほど観ないのだけど、ロングボードとショートボードの違いがそういえばいまだによくわかっていないと気がついて調べていたらロングボードにとても素敵に乗っている女性の動画を見つけて、きのうの夜はワインをほんの少しだけ飲みながらそれらのビデオをうす暗い部屋のなかでじーと観た。そういうわけでわたしはロングボードをやりたい、ときのう決めた。それにしても映像のなかのビーチはどこもかしこもなんだかやけに大きくて広くてみるからにのびのびしていていいなあ、それなりに乗れるようになったあかつきにはどこか遠くの海に乗りに行こう、そうして夢をまたひとつ増やす。

友達の家にいって一緒につくったり持ちよったりしたものを一緒に食べる。すこしあるいはけっこうお酒を飲む。いろんな話しをする。ほんとうに、わたしは以前と比べると格段に話しをするようになった、自分の話しを。まえは0.3くらい、いまは28くらい、とても良いことだと思う、それでも話さないことももちろんあるけれどそれはそれでよくて、それはもちろんそうで、しかしそれでいうとセラピーは毎回ぜんぜん話すことがない、いつも「話したいことはありますか」と訊かれる。べつにない、と歪曲的に答える、なにを話したらいいのかわからない、と言う、それでも毎回同じことを訊かれるので毎回同じように答える。わたしは質問を言葉どおりの意味でしか受け取れない(訊かれたことしか答えられない)ので質問の仕方を変えてくれたらいいのに、あなたそれが仕事なのでしょう、と思う、そうしてそういう批判的な視点をいちど持ってしまうとそれをひっくり返すのはなかなか困難、もうやめようかなあ、なんかつまらないしお金ばっかりかかって馬鹿みたいだし

今日はなんだかすこしくさくさした気分なんだろうか、そんなつもりじゃなかったけどこれを書いていたらそんな気がしてきた。楽しみなこと楽しいことは日々のなかにたくさんあって、そういうことを集めていけばいいと思って生きているはずだけど、でもだけどだからなんなんだっけ、それでいいんだっけ、それだけなんだっけとふと立ち止まってしまう瞬間に足元の地面がすこーんと抜ける。やっぱり音楽を作らなくてはどうしようもないんだろうか。そうしてまた途方に暮れる。いつまで経ってもなんどでも飽きもせず。