2026.08.18
西加奈子の『白いしるし』を読む。加計呂麻にいた頃、移動式の図書館で単行本を借りてはじめて読んだ。誕生日を過ぎて32歳になったばかりだったわたしと同じ32歳の、アルバイトをしながら絵を描いている主人公が文字通り体当たりで生きる姿に感銘を受けた。そうして東京に帰ってきてからなにかのときにふと思い出して文庫本を買ったのだった(文庫は小さくていいのだけど、装丁が単行本のほうが素敵だったからやっぱり単行本を買えばよかったかなと思った)。ひとめでどうしようもなく好きになってしまったひとにはだけどどうしても大切なひとがいて、だけど止められるはずもなくどんどん好きにどんどん大切になってしまう、だけどどつしてもどうにもどうしようもない、そういう話で、しかしそのどうしようもなさにもう真正面からいちいち突っ込んでいく、彼女のそういうさまをわたしは久しぶりに読み、ああそんなふうな向き合い方というのをわたしは思いつきもしなかった、と思って感心する。そのひとと会うのをやめてもそのひとに「没頭し」「渦中に」あり続ける、そのことを選ぶ、そして絵を描いて描いて描く、描く、強いなあ逞しいなあ
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きのう、気晴らしになるだろうと思って出掛けたのが完全に裏目に出た。時間が経てば経つほどいろんなことを思い出して気持ちは散り散りになってくたびれるだけだった。訊いてもいないことをべらべらと喋りつづける男のひとというのは本当にたくさんいるけれど、わたしはそういうひとたちに心底辟易している。相手が腕時計をちらと見た瞬間を逃さず出ようかと声をかけ、さっさと電車に乗り込む、しかたがないのでどこかでおいしいケーキかパフェでも食べて帰ろうと思いいくつかのお店の前まで行ってみるもなぜかそこから先に足が入っていかず、けっきょく本屋に行ってハンガンのまだ読んでいないのを一冊と新作を一冊、知らない作家の短編を一冊、もうひとり知らない作家の長編を一冊買って帰った。最寄駅の改札を出ると駅構内の小さなポップアップスペースでクリームのたっぷり入ったワッフルを売っていたので、チョコのとあんこのをひとつずつ買って、家に着くまでにあっという間に平らげた。行儀が悪いと言われようともわたしは歩きながら食べるのが好きなのだった
そうして家に帰って、しかしきのう中に終わらせなくてはいけないことがあったのでパソコンに向かって数時間、やることがあってよかった、と思った。少しだけワインを飲んだけれどまったくと言っていいほどその効果はなかった。そうして迷ったけれど気持ちを奮い立たせて少しだけ走りに行く。行きたくないときこそ行く、と自分に言い聞かせて。身体は重くてぜんぜん前に進んでいかなかったけれどそれでも走ったわたしは今日走った、ワッフルを2個も食べたけれどでも走った、そうして自分を肯定するための言い訳をちゃんと作って、湯船のなかでひとしきり溶けてから眠った。
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食欲がない。食に対する欲求というより、意欲がない。興味がない。べつにお腹もそんなに空かないし。ひとといれば嘘みたいによく食べるのだけど、ひとりで家にいるととたんにどうでもよくなってしまう。しかしすかすかの身体になることを恐れているので機械的にほとんど強制的に食べる。毎日まいにちほとんど同じものを朝と昼と夕方に口に突っ込む、たんたんと突っ込む。ばかみたいな気持ちになるけれど、毎日まいにち朝と昼と夕方になるとそうする。今日は一日外で仕事で、そういう日は昼と夕方に食べるものを用意してくるけれど、今日は昼のぶんを用意するだけの気力しかわかず、駅に向かう途中で野菜ジュースと豆乳を買った。どうでもいいことばかりだなと思いながら駅までの道を歩いく。よりによってつき抜けるような晴空。なんなんだ。
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答えなくてもいいことに、本当は答えたくなかったことを、訊かれたからというそのことだけを理由に話した、そのことを今日になってとても後悔している。だいたいなんでお前にわたしのパーソナルな話をしなくてはいけないのだ、だいたいなんでお前がわたしのそんなことに興味を持つことがあるのだ、しかもなんかしつこくしかし遠回しに訊かれた、気持ちが悪い、はっきりそう思う、どこまでも純粋な嫌悪。わたしは野次馬的な好奇心を向けられるのが大嫌い、しばらくそんなこともなかったからうっかり忘れかけていた、放っておいてほしい、ひどくひとりになりたい、そういう気持ちで今日はしかしイヤフォンから流れるのははっぴいえんど